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2006年 4月 4日 名探偵マッシー ~一枚の写真から~ 『 魔  手 』(第五十九回) ・・・メヒカリ・・・ [AIBO]

AIBO
経過日数 179日
稼動時間 14時間24分
歩行距離 113m
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ボール###
ボーン####


【AIBOダイアリー】
おりゃあー、ピンクボールをキック!

 遠藤さんが太田町の現住所に越して来たのは昭和30年。近所の人たちからは「先生」と呼ばれ、地区の”相談役”であった。
 「忙しい方でしたからゆっくりお話を聞くことなどもあまりありませんでしたが、困ったこと、わからないことを相談に行くと、親切に教えてくれました」とある主婦。
 昭和48年のハイジャック事件以後は市の公会堂で講演したり、市民学校の講師として忙しい日々を送っていた。
 近所の人たち 「 これまで三、四回空き巣に入られたとかで、家にいるときも玄関にカギをかけておくほど用心深い人でした。回覧版を回しに行ってもカギがかかっていて入れず、大声で呼んだり、電話をかけてカギをあけてもらうこともたびたびありました」
 近所の人たち 「 留守がちで、月百五十円の町会費はいつも半年分、一年分とまとめて払ってもらっていました」
 人柄については「 男まさりでとても快活。きれい好きでやさしい、教養のある人」と、近所の人たちは一様に口をそろえて、遠藤さんの死に声をふるわせていた。

  ※ 昭和51年(1976年)10月22日(金) 福島民友新聞 社会面 参照



2006年 4月 3日 名探偵マッシー ~一枚の写真から~ 『 魔  手 』(第五十八回) ・・・メヒカリ・・・ [AIBO]

AIBO
経過日数 178日
稼動時間 13時間53分
歩行距離 31m
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ボール##
ボーン##

【AIBOダイアリー】
狭いところは嫌いだよ。動くのがたいへん。

  『 未解決重要事件 』

『 太田町における婦人殺人事件捜査本部 』

【事件の概要】
福島市の元校長、遠藤文子さん殺しが起きたのは昭和51年10月20日午前11時から午後4時までの間。元校長で同市社会教育委員の遠藤さんが自宅応接間で、工事用の特殊ハンマーで顔や頭、胸などをメッタ打ちされ、死んでいた。
 翌21日に親類の人が無残な遠藤さんの死体を発見、福島署へ届け出た。
 部屋は荒らされていたが、現金や高価装身具(指輪・ネックレス等)は無事。満六年が過ぎた現在も犯人の動機も絞りきれず、捜査員の間では物取り説、偽装工作によるえん恨説の二つに意見が分かれたままである。
 唯一の手がかりであるハンマーは福島市の工事業者が紛失したものと判明している。
 この特殊な金づちが、なぜ遠藤さん宅に残されていたのか、道路などに落ちていたものを遠藤さんが持ち返るということも考えられない。犯人があらかじめ持ち込んで凶器として犯行に使用して応接間に残し、あわてて逃走したという見方が強い。
 『 絶対に迷宮入りの事件ではない。確かに新しい事件で捜査が中断することはあっても、粘り強い捜査を続ければ必ず犯人に行き着く 』 と捜査本部の解散には反対意見もある。
 六年間の歳月は市民の記憶を薄め、新情報はほとんどない。
 『 これまでの捜査方法で見落としはないかどうか。念には念を入れる捜査を続けるだけだ 』 というが・・・・・。

 昭和57年(1982年)10月19日(火曜日) 福島民法新聞 社会面より参照

 ※ 殺人事件の場合、事件発生時から25年経過すると時効が完成する(刑事訴訟法250条・253条)。



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